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わかりやすくなりすぎたメディア「テレビ」

2010年1月18日 月曜日@17:56

最近、テレビというメディアが非常に古臭く感じる場面が多いように思う。簡単に2つにまとめると以下のとおり。

  1. 仕組み・システムが単純すぎる
  2. 寡占状態・営利団体であるが故の限界

今日は、おにーさんといっしょに、1の問題について考えてみよう!

2が知りたい奴は、半裸で踊るか、「やる夫がマスコミに疑問を持ったようです」でも読んでろ。

テレビは、仕組み・システムが単純すぎる

ビジネスモデルではなく、メカニズム・しくみのこと。

Webと比べれば一目瞭然だが、たとえば「テレビ番組のリニア構造」「キュー構造」「CMという広告手法」「非オンデマンド」「一方通行性」などがあげられる。

これらは、しくみから発生する「制限」的な面と、テレビメディアを席巻する「利権」という両面から出来上がった、非常に合理的な落し所だ。

結果として、テレビは、「テレビ局とスポンサーの勝手な都合で、映像が発信される」という、わかりやすく・認知しやすい編集された情報を取り扱うメディアになってしまった。

補足:テレビのわかりやすさ

テレビは以下の点で非常にわかりやすい。

  • シンプルな構造である。リニアでシーケンスである。
  • 音・映像・テロップなど複合的なメディアである。(つまり構造がシンプルで、表現が豊富。そりゃわかりやすい)
  • 少数人数によって組み立てられるため、殆どの場合は意図・目的がはっきりしている

テレビ番組のリニア構造・キュー構造

テレビは、その日のプログラムがほぼ完璧に決まっている。

「尺」という不動産に、良くも悪くも支配されているのである。

なぜそうなったか。

それは、「テレビは、この時間に、このチャンネルに合わせれば、この番組が見られる」という、絶対的な安心感をユーザに与えるための大原則を作る必要があったから。(もちろんビジネスとして「尺」を整理する必要もあったのだが)

しかし考えてみてほしい。

Webが登場して久しいが、Webのオンデマンド性(いつでも好きなときにコンテンツを視聴できる)は、我々にさらなる選択の自由を与えてくれた。

上の大原則を、Webで言い換えるとこうなる「Webは、好きな時間に、好きなサービスを通して、好きな番組が見られる。」

「いつでも」、「どこでも」良いというのだ。2つの自由が与えられている。

顕著な例を紹介する。

ボクに届け

「君に届け」というアニメがある。とても面白いのだが、深夜枠だ。必然的に、キュー(放送される順番)の最後に位置し、野球の延長などの影響を受けやすい。

つまり、なかなかビデオに撮れないのだ。深夜族でもない人にとっては致命的な欠陥だ。

続き物のコンテンツは、確実にユーザに届けないと大幅にビジネスモデルのアドバンテージを失う。つまり、萎えて見なくなる。

君に届けも、ご他聞にもれず、3回に1回は通販番組に置き換わっていた。

では、どうするか。

Webでアップロードされているの探すのだ。そういう時代なのだ。探しはじめると簡単に複数の動画配信サービスの中に、複数の投稿者からアップロードされた動画が、簡単に見つかる。

こうなってくると、テレビは、マスターデータの配信という意味でしかなくなる。

効率や労力の面から見ると、機械的にWebにアップロードし、オンデマンド化してしまったほうが、はるかにユーザライクである。しかもそこには、CMという「中断」も無い。情報取得者にとっては理想的な世界だ。

テレビ2.0を作らないと、やばいよ?

上の例で説明したように、現状のテレビシステムにはいくつか致命的な時代遅れ仕様がある。

  1. 非オンデマンド。一度見逃してしまうと、取り返しのつかない事態に落ちかねない
  2. リニア・キュー的配信方法。柔軟性にかけるプログラム構成で、絶対的な時間の保障ができない。
  3. CMという広告手法。中断を余儀なくするなんて、なんと時代遅れなんだろう。

テレビ業界は、いくつかの問題点をデジタル放送にシフトするタイミングで解決するべきだった。技術的には、できるはずだ。

しかし、意図的にか、アホなのか知らないが、やらなかった。

もうこれは、テレビというメディアの終わりの始まりでは無かろうか。

著作権とか、ダビング10とかやるんだったら、テレビ2.0を死ぬ気で構築するべきだった。

まあ、完全にテレビメディアが消滅することはないだろう。わかりやすさの観点から見ると、Webや新聞よりも圧倒的に上だ。(その分、コストもかかるし、何より編集という名の偏向も内包するがその辺は、こちらを

まとめ

はっきり言って、ボクはテレビで育った世代だ。

そのテレビが、時代に沿った成長・改革を怠っているが故に、今まさに廃れようとしている。

悲しい限りである。

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